夫と会話ができなかった私


私は 19年間企業に勤める会社員として、結婚した女性として過ごす中で、いつも生きづらさを抱えて過ごしてきました。
今振り返ると、「あの時こういうことを知っていたら、こうしていたら」という思いがたくさんあります。

4回目の今回は、夫とのかみ合わない会話に悩んできた私、そして、夫とのコミュニケーションについて、夫が患っている双極性障害の特徴とケアの過程にもふれながら綴っていきたいと思います。

夫との会話

ce66ce1c15972646b666f633d2dab4d1_s私は結婚して17年になりますが、夫と話しをしていると噛み合わないことが多く、話すことに苦労を感じてきました。

友人と夫婦同士で会ったときに、夫婦の普通の会話をしていることが羨ましいと思うような、不思議な状態でいました。

会話をするときに、質問をしたらそれに答える今どんな文脈で話しをしているのかを考えながら話しをするというのが普通のことだと私は思ってきましたが、それが夫との話しとなるとほとんど成立しないのです。

夫の病気~双極性障害(躁鬱病)~

結婚12年目のときに夫婦の会話という意味でも転機が訪れます。

前回のコラムにも書いていますが、しばらくうつ症状を患っていた夫は2011年の東日本大震災の後症状が変わり、躁状態をあらわすようになりました。

医師に相談すると、双極性障害(躁鬱病)との診断を受けました。

ここで双極性障害(躁鬱病)の躁状態の特徴を簡単にご紹介します。

(以下、製薬会社ホームページより記述をお借りしています。引用元は下に記します。)

(躁状態とは)単に元気すぎたり、やる気満々といった程度ではなく、気分が病的に高ぶっている状態が続くことです。

* 気分が良すぎたり、ハイになったり、興奮したり、調子が上がりすぎたり、時には怒りっぽく不機嫌になったりして、他人から普段のあなたとは違うと思われてしまう

* 自分が偉くなったように感じる

* いつもよりおしゃべりになる

* 色々な考えが次々と頭に浮かぶ

* 注意がそれやすい

* 活動性が高まり、ひどくなると全くじっとしていられなくなる

* 後で困ったことになるのが明らかなのに、つい自分が楽しいことに熱中してしまう

(例えば、買い物への浪費・性的無分別・ばかげた商売への投資など)

日本イーライリリー株式会社の双極性障害のサイトより

夫は上記の症状のほぼ全てを発症していました。

もともとの夫はあまり怒らず穏やかなタイプですが、躁状態になってからは、話し出したら止まらない、突拍子もないことを思いついたりやってみたり、しようとすることが上手くいかなければ怒り、睡眠もわずかな時間しかとらないという、まるで別人になったかのような変わりようでした。

私は夫のあまりの変わりように動揺し、止むことのない話、突拍子もない言動にショックを受けていました。

それでなくても夫との会話は噛み合いにくいものだったのに、こうなると話をすることはおろか、一緒にいること自体が苦痛になり、夫の躁鬱病が判明してから1カ月後実家に戻り別居しました。

夫は職場でも、躁状態がでてからは仕事中落ち着いて座っていることができず、業務にも支障がでていました。

そして、躁の症状が出たのが初めてだったこともあり、本人は自分が病気であるという認識は全くもっていず、治療に向けた家族からの助言はきいてはもらえなかったため、コミュニケーションは破たんした状態となりました。

正直なところ、私の手に負える症状ではないように思え、離婚したほうがよいのではないかと考えましたが、決断をすることができず、迷った末、冷静に話をできる状態に戻ってもらってから後のことを考えることにしました。

夫の症状は入院治療が必要な状態だろうということを書籍などで調べてわかっていたので、どうにか入院治療をさせるタイミングを探していました。

※躁鬱病については双極性障害(躁うつ病)の原因を解明し、診断法・治療法を開発することを目指して研究をしている理化学研究所の加藤忠史先生の著書、ホームページ、ニュースレターで情報収集してきました。

躁鬱病の治療

夫が躁状態になったことで別居し、3ヶ月ほど経ったときに入院させるチャンスが訪れ、精神科救急病院に入ることができました。

病気の性質上、患者本人は自分の病気を認識することができないため、私が保護者となって医療保護入院となりました。

入院した後は病院の管理のもと確実に投薬治療ができ、入院してから2ヶ月半後には夫本人の口から「俺、おかしかったかも。治療してよかった」という言葉を聞くことができました。

本人が病識をもつということを目の当たりにした瞬間でした。

そこに至るまでの2ヶ月半、面会に行けば退院させてくれと言われ、病気のことを説明しても理解してもらえない彼の父親から「退院させてやれ。あんたが実家に戻っていて一緒にいないから息子は悪くなるんだ」などと言われたりもしました。

たとえ親であっても、精神疾患は理解しにくく、躁状態をあらわしている人と一緒に過ごすことがどれだけ苦痛か、躁状態のときの入院治療が後の夫の回復・普通に社会生活を送るうえでどれだけ大切か、わかってもらえない憤りと悲しさでいっぱいでした。

もともと辛いところに義父から心無い言葉を浴びせられると、こんなことなら離婚したほうがよかったと何回も思いました。

が、もともとは穏やかで優しい夫、旅行や食事に行ったことや、私の祖父母にもやさしくしてもらったことなど、楽しいこともたくさんあったことが思い出され、毎日実家で泣いていました。

でも、治療の効果があらわれ、夫が病識を持ってくれるようになると、ずいぶん気持ちが救われ、離婚しなくてもどうにかやっていけそうだと思えました。

退院

夫の調子が元に戻ってくると、外出訓練、外泊訓練を何回か繰り返し、主治医と保護者である私がゴーサインを出せる状態になってから退院となりました。

躁状態が落ち着き、ほぼ平常通りに過ごせるようになって退院したわけですが、夫と会話をしていると私が激しくイライラするようになってきたのはこの頃からだったと思います。

夫と会話をするとイライラする

夫との会話のことを思い返してみると、こんな感じです。

夫:好きなことを好きなだけ喋る(話し相手である私がわからないジャンルであっても構わず好きなだけ喋る)

私: 聞いていてもわからないので、ある程度聞いたところで話をやめてもらうように頼む、終わらないとイライラし怒る

夫:好きなことを好きなだけ喋る(話し相手である私がわからないジャンルであっても構わず好きなだけ喋る)

私: 聞いていてもわからないので、ある程度聞いたところで話をやめてもらうように頼む、終わらないとイライラし怒る

夫:愚痴やネガティブな考えを言いはじめると止まらない

私: ある程度まで聞くが、いつまでも私を相手に話しても解決しないことを続けて話されるとイライラし怒る。話すのをやめるよう頼んでもやめないとさらに怒る。

私:質問をする

夫:質問されたことの答えではなく、自分が答えたいように答える。

私:イライラする。

大抵は私がイライラし、怒って部屋を出て会話を強制終了させていました。

このような状態なので、基本的に私からはほとんど話しをしませんでした。

話したことに対する夫からの返事が長くなる、そして自分がイライラすることを避けたかったからです。

夫は私について、友人や実家の家族とは楽しそうにおしゃべりしているのに、自分とは何も喋らないと言っていました。

家で一緒に過ごす間終始このような調子では自宅でリラックスできていなかったのは言うまでもありません。

どうにかしたくてやってきたこと

この状態でよいと思っていたわけではなく、イライラしてしまう自分、そして噛み合うように会話をしてくれない夫を変えたいと思っていました。

状況を変えようと、様々なヒーリングを習ったり、民間療法といわれるものを試してみたりもしましたが、私自身も、夫も変わることはなく、なす術がないまま過ごしていました。

※ヒーリング等が効かないということではなく、自分の意識、行動の根本的な変化を起こすには至らなかったということです。学んだものの中には、体調の改善を促してくれたと感じるものがありました。

訪れた転機

それまで、自分自身が鬱を患い、また、夫の双極性障害のケアをする中で、自分がしてきた心のケアは心療内科や精神科を受診し、薬を処方してもらうことが中心でした。

心のケアというよりは、不眠や倦怠感、意欲がないなどの個々の症状に対応する薬を飲むだけの対処です。

夫との関係性そのものについては、上述したヒーリングを少々試すくらいで、これといった対策をできないでいました。

イライラする自分をどうにもできなくて、実家の母に泣きながら電話をしたりしていたのはまだそう遠い過去ではありません。

そうしていた半年ほど前に、友人からの紹介で心を学ぶ講座に出会いました。

その講座のコンテンツのさわりをご紹介してもらえるお茶会に招かれ、話を聞かせてもらいました。

夫とのコミュニケーションを変えていくために私が必要としているものがそこにあると感じました。

夫とのコミュニケーションをよくしたい私に響いた心の学び

心理学の講義の中で、夫とのコミュニケーションに関して強く印象にのこっているパートがあり、そこから気づいたことがありました。

・イライラする原因を夫のせいにしてきた

→「自分発信」「自分の人生の責任は自分」

コミュニケーションがうまく取れない原因を夫のせいだと思ってきたが、自分は夫の気持ちをくむ努力をしてきたのか?

・夫が双極性障害であるということがわかったこと、その後の夫の激変ぶりと従来と別人のような粗野な言動にショックを受けていたが、それを感じる余裕もなくケアをし、自分の感情を置き去りにしてきたことに気づいた。

→そのとき私にできた「心の穴」の存在を認めるプロセスが必要だった

・夫と自分のコミュニケーションの仕方のギャップが理解できず苦しんでいたことがわかった。

性格のタイプによりコミュニケーションも異なることを知ることができ、長年、夫と私の間での会話の仕方の違いについての疑問が解ける気がした

このようなことに気づくことができ、自分が変わることができる、そして、夫婦のコミュニケーションも気持ちのよいものに変えていけると思えるようになりました。

私の行動を変えたもの

心の学びをしたことで、夫婦のコミュニケーションを改善できると強く思えましたが、それだけでは現実は変わりませんでした。

むしろ、大切なことに気づいてからは、気づいているのに変わらない自分に相当な苛立ちを覚えました。

その後学びを進め、コーチングの基本スキル、そしてカウンセリングの実習を含む基礎を学んだことが私の行動を変えました。

特にカウンセリングの基礎を学んでいて、相手の話を聞くプロセスの話を聞いていた時に、相手の言っていることを受け止め、共感することの大切さ、そして、それを自分がそれまでまったくできていなかったことに気づくことができました。

始まると止まらない夫の話、特に嫌なことがあった後の愚痴を聞くとき、私は夫が話を始めるだけで心はそっぽを向いていました。

それは夫が躁状態だったとき、どんなに頼んでも話をやめてくれなかった恐怖にも近い記憶が蘇り、夫が話すだけで嫌悪感を覚えていたからでした。

そして私が話を聞いていないと余計に夫は愚痴が止まらなくなるのでした。

コーチングやカウンセリングを学んだ後、そこを変えてみることにしました。

夫の話から耳をそむけたくなるのを我慢し、一通り話を聞いたところで「それは○○だったね」と夫の気持ちを受け止める言葉をかけてみました

すると、「そう、俺は○○だと思ったんだ」と自分の気持ちを話し、それ以上愚痴が続くことはありませんでした。

その時、初めて私は自分が感じてきたことを夫に伝えました。

 

「今日は話が長くならずに終わったね。

私はあなたが躁になって以来、あなたが話を始めるだけでこわくなっていた。

でも、ちゃんと治療をしたから、話が止まらないなんていうことはないんだね。

きちんと躁状態を治療したあなたを私は信用しないとね。

でも、私はあなたが躁状態になったとき、本当にショックだった。

ただ、あの当時私はそれをしっかり感じる余裕すらなくて、自分がショックを受けていたという気持ちを置き去りにしてきてしまった。

それをわかってほしい。」

 

これを伝えると、夫から「結婚して初めて話が噛み合った気がする」と言われました。

この先、夫の躁状態、うつ状態が出ることもあるかもしれませんが、日々のコミュニケーションがよりよいものとなることで、気分の上がり下がりの波を抑えていくことができると信じています。

遠回りしてきた私からお伝えしたいこと

・非常にショックなことがあるとそのショックから目をそむけ、感情をおきざりにしてしまうことがある。

・心に穴をあけるような辛かった出来事を振り返り、その存在を認めるプロセスが必要。

・相手を変えたいと思うなら、自分が変わる必要がある。

・知識を得ただけでは変わらない。行動に移して初めてものごとが動き始める。

・相手の話を聞き、気持ちを受け止めるプロセスを丁寧にすることでコミュニケーションがスムーズになる。

 

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